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見つからなくてもいいじゃない、だって宇宙人だもの。

宇宙人

2018/03/14 見つからなくてもいいじゃない、だって宇宙人だもの。

【書きながら考えてみる】

だいたい文章というのは、書く前に大まかな内容が決まっていて、それに沿って僕の場合は書くのですが、今回は、その大まかな内容がありません。ですので書きながら考え、考えながら書いてみたいと思います。

 



【究極の2択】

100万円の借金があるとします。明日までに返さないと拷問の果てに殺されてしまいます。しかも24時間見張られていて逃げ出すことはできません。しかし現時点では、お金が1円もありません。そこに、賭事があったとします。勝てば1000万円をもらえて、負ければ1000万円を失うという内容の賭けです。この掛けに、乗りますか?- 乗りませんか?-

 

宇宙人 いる いない

 

僕なら乗りません。ただし、賭けに乗って戦う両者と仲良くしておいて、勝った方からちょっとばかり貰うというような算段は考えると思います。「1000万の内100万をくれれば、200万にして返す」くらいの計画を言えば、うまくいけば100万円が手に入るかもしれません。

 

返す200万は、別のところから借金をしてもいいし、分割でこつこつ返してもいいでしょう。目的は「明日の拷問死を回避する」ことなので、それさえクリアできれば何でもいいわけです。

 

宇宙人 いる いない

 

賭けに乗るか、乗らないか。あるいは1000万円を得るか、失うか、というのは究極の2択で、選ぶのが困難です。危機に直面した時に2択を迫られると、その間で葛藤してしまいますが、その選択肢は相手が勝手に考えたものなので、それに従う必要はないわけです。選択肢は自分で作ってしまって構いません。そう考えれば、いくつか逃げ道があるかもしれません。

こういう見方から、さて宇宙人はいるのか、いないのか、というのを考えるとどうなるでしょう。

 



【まずは可能性を考えてみる】

選択肢は自分で作ってしまってもいい、と前の章では言いました。それに基づいて考えてみると、いるか、いないか、以外の選択肢として、「どちらとも言えない」というのがあります。これは何の答えにもなっていないように見えますが、そうなんだから仕方がありません。

 

ただ、論理的に考えると、「否定」はできません。なぜなら、「否定」するための根拠というのは示せないからです。例えば殺人事件の容疑者として警察に連れていかれたとします。そして、やっていないのだから(仮にやっていたとしても)「やっていない」と主張しますよね。その時に警官から、「やっていない証拠は?-」と聞かれたら、答えられないはずです。ちょっと考えてみてください。「やっていない」ことを証明するにはどうすればいいのか、ということを。

 

宇宙人 いる いない

 

おそらく真っ先に思いつくのは「アリバイ証明」という方法だと思います。つまり、事件当時、自分は別の場所にいた、だから犯人ではありえない、という証明です。でも、これは「現場にいなかった」という証明ではないんです。「別の場所にいた」という証明なんです。「別の場所にいた」というのは、あくまでも根拠であって、「現場にはいなかった」というのはその根拠から推察された結果なわけです。

 

つまり「いなかった」ことを直接証明していることにはならないわけです。それでも無罪の証拠にはなりますから、大いに有効です。でも、これは例え話なのです。論理的に「いない」ことの証明はできない、ということの・・・・・・。

 

宇宙人 いる いない

 

だから、これを宇宙人いるか、いないか、の論争に当てはめるとすると、やっぱり「いない」という証明はできないわけです。仮に全部の星を調べた結果発見なかったとしても、それは「いないから発見できなかった」のか「調べた時は発見できなかった」のかという区別がつかないわけです。だから宇宙人も「いない」ことを証明することは限りなく困難なわけです。

 

論理学では「悪魔の証明」と呼ばれていて、いる」派が「いない」派に向かって「いない証明ができないならいるんだな」と言うのは暴論でしかありません。だから議論においては、証拠の提示は肯定派に求められます。

 

宇宙人ですと、地球にもいくつか宇宙人に纏わりそうな事件とか痕跡なんかが発見されていますし、数式で宇宙人の存在を証明して見せた人もいるみたいです。宇宙人がいる、という可能性はたくさんありますが、可能性で止まっているようにしかみえません。いる」ことが確定していなくて「いない」ことが証明できない以上、「いないとは言いきれない」という言い方しかできません。

 



【そもそもの話】

ディベートという競技では、どんな論題でも、必ず肯定か否定か決着をつけなくてはいけません。宇宙人がいるか、いないかで言えば、「いないとは言いきれない」などという第3の答えを勝手に持ち出すような真似はできません。しかし議論の結果として「いないとは言いきれない」という結論が出た場合は、「いる」側が勝利すると思われます。なぜなら、否定側は、肯定側の提示した証拠を否定しきれなかったからです。

 

さっき、「否定」の証明はできないと言いましたが、「証拠」と「主張(いる)」の繋がりを切断することは可能です。それが、否定側の唯一の攻撃方法です。なのにいないとは言いきれない」ということは、「証拠」と「主張」の繋がりを切断しきれなかったものと見られます。それができなかったという意味では「肯定側」の勝利になるのではないかな、という気がします。そのあたりはちょっと僕にもわかりません。

 

宇宙人 いる いない

 

なぜディベートの話を持ち出したかというと、ディベートでは、最初に必ず「言葉を定義する」ことから始まるからです。宇宙人いるのか、いないのか、という話を聞いた時に、ふと、そもそも宇宙人ってなんだ?- という疑問が湧きます。一説によると未来人だと言われていますが、だとしたらそれは宇宙人ではありません。未来の地球人です。

 

たとえば未来において、異星に移住するようなことが現実になったとして、その時に異星から来た元・地球人は「宇宙人」と呼べるのでしょうか。だとしたら、「未来人=宇宙人」説も否定はできないことになります。さらに宇宙人と似た言葉として「地球外生命体」という言葉があります。

 

仮に高度な文明を築いている地球外生命体がいたとしても、その生命体を「人」と呼べるのか、という疑問があります。その地球外生命体の中で「万物の霊長」みたいな意味で「クソ」という言葉が使われていたら、僕らは「クソ」となってしまうのか。

そう考えると、「宇宙人」ではなく「地球外生命体」と読んだ方がしっくり来るような気がします。

 



【だいぶんややこしくなってきた】

仮に「地球外生命体」という言葉を使うとすると、これはかなりえらいことになります。なぜなら「生命」という言葉を僕らはいまだに定義できないからです。

 

生物と無生物の違いは、はっきりしているようでいて、以外に曖昧です。その最たる例がウイルスです。ウイルスは極めて生命体に近い存在ですが、「生命体」としては認められていません。ウイルスはほかの生命体に侵入することで増殖などをしますが、自分単体では何もしないからです。呼吸も排泄も食事もしません。例えるなら、人体に入った時の「行動計画書」だけがふわふわと舞っているような状態なんだそうです。

 

宇宙人 いる いない

 

「地球外生命体」がいるのか、いないのか、という論題は、まず「生命とは何か」を定義する必要があります。でもそれができない現状では議論にさえならないように思えます。

 

なので地球外生命体は、「いる」のでもなく「いない」のでもなく「いないとは言いきれない」もしくは「議論不能」が適当な判断だと思います。

 

事実については議論しても始まりません。「見れば分かる」という内容だからです。なので「見る」ための技術の進歩を待つしかありません。でも、それを待つ間が楽しいと思います。遠足の日よりも、その前日の方がわくわくするような感じで・・・・・・。

 

宇宙人 いる いない