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護身術最強・植芝盛平 – 柔らかい心と白い紙

護身術 最強 植芝盛平

2018/03/28 護身術最強・植芝盛平 – 柔らかい心と白い紙

【誰も理由を知らない】

つい最近なんですけど、こんなニュースを見ました。ある小学校での話です。今期一番の冷え込みと言われるくらいに寒い日でした。小学4年生の体育の時間に、女の子が教師にこう訴えたのだそうです。「寒いので半袖の下にトレーナーを着たい」しかし教師はそれを許しませんでした。なぜかといえば、その学校では、体育の授業は半袖短パンという服装で行うのが決まりだったからです。

 

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この授業がどうなったのか知りませんが、こうしたことはよくあるようです。ほかの学校でも、こうした服装についての決まりがあり、保護者が学校側に対して、どうして半袖短パンなのかと質問したところ、その回答は、とくにこれといって理由はないがそういう決まりだというものだったそうです。

 

これに苦情を言うと、学校側はその規則については改めたといいます。規則だから守っているけど、規則がある理由については知らない、意識さえしない、というのは、よくあることのようです。良い言い方をすれば規則を守る、正義感が強い、ということにもなりますが、この体育の授業の場合は融通が効かないということになるでしょうか。使い分けが肝心です。

 



 

【袴の話】

護身術 最強 植芝盛平

 

合気道では初段にならないと袴の着用が許されないと聞いたことがあります。道場や時代によってその規則は変わるものかもしれませんが、合気道の開祖と言われる植芝盛平という人はそうと決めていたそうです。しかしそれは男性に限ってのことで、女性に関しては入門時から袴の着用を許していたのだそうです。

 

というのもなぜかといえば、女性の場合は、道着がめくれて下着が見えては恥ずかしいだろうと思ったからなのだそうです。つまり植芝盛平は、女性特有の事情に配慮して、規則を破っていたわけです。規則は必要ですが、それを絶対のものとして仰ぎ、遵守することが最優先になっていたとしたら、植芝盛平の門下に女性は少なくなっていたかもしれません。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

こうした臨機応変さというのは、あらゆる場面で必要になってくるかも知れません。先にあげた体育の授業でも、教師は子供の体調と規則を較べたならどちらが大切なのかを考えてみるべきでした。植芝盛平は合気道の開祖としてその強さを発揮し、多くの門弟を育て上げた反面、女性や自分に頼ってきた人には優しく、さまざまな方法で思いやったり助けたりしてきたという話があります。

 

今回は、そんな植芝盛平から最強の護身術について考えてみたいと思います。

【白い紙は何色にでも染まる】

僕がフォークリフトの免許を取るために講習を受けていた時の話です。フォークリフトというのは、今でこそ免許がなくては乗っては行けないものですが、その当時は会社の中でなど、限られた中では無免許でも乗ることが許されていました。そのため、とくに講習を受けなくても、乗りながら独学で操作を覚えて使っている人が多かったみたいです。ところが、フォークリフトによる事故が続いたため、法律が変わって、たとえどんな状況でも免許がないと乗ってはいけないことになりました。

 

そこで、これまで無免許で乗っていた人も、あらためて講習を受けて免許を取らなくてはいけない状況になりました。僕がフォークリフトの講習を受けた時にも、そうした、乗れるけれども法律を守るために免許を取りに来た人というのがたくさんおりました。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

僕はフォークリフトについてはまったく知識も経験も、触ったことさえもなかった状態なので、経験のある人に対して、「経験のある人が羨ましいです」と言ったことがあります。そうしたら相手から、そんなことはない、知識や経験なんてない方がいいんだと言われました。意外な答えだったので、それはどうしたわけですかと聞いたところ、「我流で乗っている人間は変な癖がついているから、その分正しい操作方法を身につけるのに苦労する、なんにも経験のない方が楽なんだ」

ということでした。

 

なるほどとしきりに納得したのを覚えています。つまり、変な色のついた紙ではなくて、白い紙の方が簡単に思った色をつけることができるということなのだと思います。

 



 

【師弟に共通していること】

フォークリフトの話を思い出したのは、まさしく植芝盛平の逸話を読んでいた時のことでした。武術に秀でた人の話をいくつか読んだことがあるのですが、共通して受けた印象は、みんなすごく「素直」だな、ということです。

 

合気道といってすぐに思い出すのは、枯れ木のように痩せた老人が、筋骨隆々たる大男をこともなくねじ伏せてしまう、という光景です。護身術として最強と言える条件のひとつとして、力に関係なく使える、というのが挙げられるような気がします。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

あくまでそれは護身術として、です。「術」ではなく「策」とするなら、隆々たる肉体を持つことも入ってくると思うのですが、術、つまり「方法」として見るなら、体格が条件に入っていてはいけないはずです。

 

そうして見ると、小柄な人間が大きな人間を組伏せることのできる合気道という技の体系は、まさしく最強なのではないかという気がします。また、合気道は必ずしも徒手空拳ではなく、棒を使った戦いの場面も想定しており、襲われた時、護身術として見ても最強、具体的に言うと実践的と言えるのではないかという気がします。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

僕が読んだ話ですと、植芝盛平も体の大きな男だったのだそうです。体格の大きさは、それ自体が武器になりますが、植芝盛平は、体格でいえば自分よりもはるかに小さい相手に入門しています。その相手の名前は、武田惣角。

 

当時、体格の良さでも腕力でも鳴らしていた植芝盛平は、武田惣角という小柄な人物にあっという間にねじ伏せられて動けなくなってしまったのだそうです。植芝盛平は、その技に魅了されて入門する決意をしたのだといいます。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

また、その武田惣角にもこんな逸話があります。ある時、惣角が道場で手裏剣を投げて壁に突き刺していたところ、足の良くない男に笑われたのだそうです。何がおかしいのかと惣角が問い詰めると、尖ったものを投げて突き刺さるのは当たり前だと男は答えたのだそうです。そしてその男は、1枚の硬貨を投げて壁に突き刺して見せたのだそうです。それ以来、惣角はぴたりと手裏剣をよしてしまったという話があります。

 

植芝盛平にしても、その師匠の武田惣角にしても、自分より強いとか、自分が間違っているということを認めると、それまで続けてきたものとか自分の誇りとかいうものに関係なく、その時よりさっぱりと考えを改めるような部分が見られるように思います。

 

これはとても合理的で、素直な姿に見えます。このような素直さや合理性が、彼らが強さを身につけられた理由の1つではないでしょうか。フォークリフトのくだりでも話したように、白い紙のほうが、色のついた紙よりも思い通りの色がつけやすいわけです。素直な性格、合理的な考え方というのは、言ってみれば意識的に、いつでも、すぐに白い紙になることができる、ということなのではないでしょうか。そうした姿勢が彼らを最強へと導いたのではないかという気がします。

 



 

【戦意を喪失させる】

植芝盛平は、ある日練兵場で襲撃を受けたのだそうです。襲ってきたのは1人や2人ではありません。当人の話によればその数は30人前後だったとか。しかもその30人がみんな手に手に棒や木銃などの武器を持っていたのだそうです。普通の人なら参ってしまうような状況ですが、そこは百戦錬磨の植芝盛平です。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

次々と討ちかかって来るのをひょいひょいと避け、隙があれば少し突いて転ばせたりなどして応戦したそうです。そのうちに、ものの5、6分の内に相手は音をあげてしまったといいます。

 

僕がここで注目したいのは、この戦いにおいて、相手の30人はさほどの打撃は受けていないということです。実際は痛い目にもあったかもしれませんが、植芝盛平本人の話によれば、相手が参ってしまったのは、痛みを受けたからではなくて、疲れ果ててしまったからなんだとか。

 

木銃というのは案外に重いのだそうです。だから当たりさえすれば強力な武器にはなるけれども、当てることもできずにただ振り回しているなら、それだけで体力はなくなるわけです。植芝盛平は実際に避けていたわけで、相手は攻撃を当てることもできずにただ重いものを振り回していたにすぎません。だから参ってしまったわけです。

 

自分は力を温存しておいて、相手に力を使い果たさせる、という戦術です。この頃の植芝盛平は、陸軍憲兵学校で武術を教えており、まさに最強といえる立場にいました。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

襲ってきた30人というのも、植芝盛平から武術を習っていた生徒だったそうです。なんで先生である植芝盛平を襲ったのかというと、力試しをするためだったのだとか。

 

集団で1人に対して奇襲をかけるというのはいかにも卑怯で許せないことですが、植芝盛平はそれを返り討ちにしてしまったので、かえって自身の強さを証明するという意味では好機になっていたのかもしれません。体を張って、いかに自分の技が本物であるかというのを、護身術というかたちをもって示すことができたのではないでしょうか。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

相手の攻撃をかわして疲れさせる、ということができれば、こちらからは攻撃らしい攻撃はしていないわけですから、警察沙汰になったとしても面倒なことにならずにすみます。とはいえ、このような芸当が普通の人間にできるわけがありません。
では、武術の心得がない場合は、どのようにして相手から戦意を奪えばいいのでしょうか。

 

【元やくざの男を言葉ひとつで黙らせた女性】

僕が入院していた時の話です。同じ入院患者の中に、やくざをやっていた人がいました。すでに足は洗っているようですが。その人を担当する社会福祉士の人が小柄な女性だったんですが、このふたりが話していた時です。患者の方が何かに逆上して、近くにあった薬缶を投げ飛ばそうとしました。しかし女性のたったひと言によって、元やくざの患者はその手を止めました。女性がなんと言ったのかというと、こうです。「それをやったら、どうなるか分かってますよね」

 

兵法の基本のひとつに、城を攻めるのではなくて心を攻めろ、というのがあります。堅固な城はいくら攻撃してもこっちに損害が出るばかりで陥落するまでには激しく消耗してしまいます。しかし、篭城している側の人間が降参すれば、戦うことなく城を落とすことができます。相手がどんなに腕力を持っていても、あるいは大人数でも、心に目を向ければ弱点が見えるかもしれません。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

大方の人間は、社会的地位を失うことを恐れます。そして、どうするとそうなってしまうのかも承知しています。だから、あえて結果は言いません。どうなるのか、と問いかけ、相手に自分で考えさせることで冷静にさせ、戦意を喪失させます。まわりに人がいればいるほど、これは効きます。

 

また、そこから言えることがもうひとつあります。それは「表には出ない」ということです。喧嘩の直前には、表に出ろという言葉が出てくることがありますが、ここで挑発に乗って出てしまっては相手の思うつぼです。だから出ていってはいけません。そのかわり、なんでここではいけないのか、とやはりここでも問いを発してみます。

 

何にも後ろめたいことがなければ、場所はどこでもいいはずです。それをしないということは、後ろめたいことがある、ということです。そこを突いてみましょう。相手の身体ではなく、心を攻めることは有効です。言葉だけだからお互いに怪我もしないし警察沙汰にもなりません。護身術という点から考えれば、それが最強と言えるかもしれません。

 



【近藤勇を黙らせた男】

昔、大河ドラマで「龍馬伝」というのをやっていました。主人公が坂本龍馬なので、自然と新選組も登場します。このドラマの中で、近藤勇をはじめとした新選組隊士が、ひとりの男を囲んで剣を構えた場面がありました。しかし、ここでもやはり、その男は言葉ひとつで新選組を黙らせました。そのひと言というのは、「俺は幕臣、勝海舟だ」というものです。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

新選組は幕府の味方ですから、その幕府側の重鎮である勝海舟を斬ることはできません。もし斬ってしまったら、新選組としての自分の立場に疵がついてしまいます。言ってみれば、勝海舟は新選組隊士の心へジレンマを与え、行動を止めたわけです。

 

アリストテレスによれば、人間が刺激されやすい心というのは、複数あるようです。その数は挙げられているものだけで14種類です。相手の心を見ることに長けるというのも、最強の護身術につながる手段かもしれません。

 

【それでも駄目な場合】

武術に精通していなくてもできそうな、相手の戦意をを削ぐ方法について挙げてみましたが、いずれも「社会」というシステムが働いている場合のみしか有効ではありません。もし森の中とか人目のない路地裏なんかで暴行を受けそうになった場合は、どのようにして身を守ればいいのでしょうか。腕力に訴えられた時の護身術についても、少し考えてみたいと思います。

 

これは「喧嘩師」から「喧嘩術」を学んだ人の話なのですが、腕力に訴える段になっても、やはり心理というのは見逃せない要素なのだそうです。この人の「喧嘩術」を見る限り、もしやったら逮捕されてしまうのではないかというくらいの荒技ばかりです。つまりはそれだけ有効ということなのかもしれないですが。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

この人の喧嘩術における心理というのは、もちろん相手の戦意を削ぐという意味もあるのですが、もうひとつ意味があります。それは、相手に自分の心理を悟らせない、ということです。例えば両手を胸の前で構えたら、それは戦闘準備に入ったという証拠です。相手もそれに応じて警戒するでしょう。警戒されたらこっちも手が出しにくくなります。だから、そうはしません。片足を1歩前に出すだけで、手はだらりと下げたままにしておくのだそうです。それで相手が迫ってきた場合は、まずは鼻をこするのだそうです。

 

鼻をこするというのは、自然な動作ですよね。でも、喧嘩術においてはこれが構えになります。実際にやってみていただきたいのですが、鼻をこすれば、当たり前ですけれども手が顔を覆うような形になりますよね。つまり、顔を防御する構えに繋がるわけです。しかし鼻をこすっているので、相手には構えているようには見えません。だからこの時点では、まだ相手も警戒心を持ちません。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

さらに、自分の顔の近くに手があるということは、その手は相手の顔にも近づいているということです。手を伸ばせば、相手の顔を打つことも可能です。しかし、相手は鼻をこすっているだけと思い込んでいるわけですから、相も変わらずまだ警戒していません。言ってみれば、手を鼻に当てていることで、こっちは攻防ともに準備を整えているのに対し、相手は依然無防備なままということです。こういった具合に、防御や攻撃の準備に入るための動作を、自然な動きに紛らせて取ることが大切なんだそうです。

 

有り体に言えば不意討ちです。でも喧嘩なので卑怯なことは何にもありません。目を突こうが股を蹴りあげようが何でもありです。ちなみに、足を1歩前に出すというのは、金的を警戒する意味もあるのだそうです。

 

試合としての戦いにおいては、自分も相手もこれから戦うことを承知していますから、試合前から神経を研ぎ澄ませていますが、喧嘩の場合はそうではありません。突発的に起こるので気持ちが追いつかないことがあるでしょう。それはきっと、相手も同じです。もし動揺していればその動揺を突けばいいし、もし自信がありそうだったら油断を突きます。

 

護身術 最強 植芝盛平

 

さらには、武器になりそうなものがないか周囲を見回してみたり、地形を観察して有利な場所をとったりすることも大切です。つまりは、臨機応変さが大切ということです。臨機応変ということについては、はじめにも話したように、植芝盛平は袴の着用の件を見ても長けていただろうことが伺えます。

 

そして素直さです。技術を身につける時は、真っ白な紙になるのがいちばんの近道になりそうです。ついでに言うと、喧嘩の場面において胸ぐらを掴まれた場合などにも、この素直さを活かせるかもしれません。引っ張られたら、抵抗するか、何らかの技を使ってそれを払おうとするかもしれません。でも、あえて引っ張られる力に逆らわず、むしろ従って自ら相手に近づき、そのままの勢いに相手の鼻っ柱へ頭突きを叩き込むことも可能かもしれません。合気道はよく、相手の力を利用するといいますが、そういう意味でも素直さというのは使えるのかなと素人なりに考えてみました。

 

【植芝盛平から学んだこと】

護身術 最強 植芝盛平

 

植芝盛平の逸話から学べたことが幾つかあるように思います。それを今回はまとめてみたわけですが、最後に要約すると、植芝盛平からまなぶ最強の護身術の要点は、3つにまとめられるように思います。

 

・臨機応変の心
・相手の戦意を削ぐ
・素直さ

 

この3つです。護身術において何が最強かは分かりません。でも、僕から見たら、植芝盛平からはこの3つのことを教えてもらったという気がしました。合気道の開祖と言われるほどの偉人である植芝盛平。流れるような心の在り方と計算高さが、強さの秘訣になっているのでないかと思いました。